2010年02月06日

武道における稽古

「それは、旦那芸じゃないか」

「約束事が前提にないと、成り立たないんでしょ?」

武道に足を踏み入れたことのない、もしくはかじった程度の方はこう批判されます。

そこでご説明すると、そのご指摘はたいてい当たっています。

旦那芸をやっている、もしくは約束事で終わっていることで満足する人があまりに多いから批判されて当然です。

しかし、旦那芸を学ぶ、約束事が前提にあること自体を批判するのはちょっと違います。

武道というのは、斬る、斬られるというギリギリのところで培われてきた文化であるのに、約束事で終わることなどあり得ないのです。

ただ、いきなり約束事もなしに臨機応変に対応するのは無理があります。ですので、約束事から取り組むのです。

「その稽古の目的は何なのか?」

を掘り下げると、約束事が必要になります。約束事だけで他に生かされることもあれば、約束事の上で関係が成り立った後に、約束事を外す作業もこの後にあるのです。

例えば、相手が両手で腕を掴んできたとします。そこでの約束事は、相手にギュッと硬く握ってもらいます。

そのギュッと硬く握ってもらった状態の中で、自身の身体で起こっていることを認識する、運動線を構築し、無意識化していく。ということを目的としています。

その目的が達成されると、相手に違和感なく力が伝わっていくので、相手が思わず動いてしまいます。

ここでギュッと握らずに軽く握られたら、それはそれで違う対応をしますが、運動線を構築するという目的を達成することはできません。ですので、約束事は必要なのです。

この運動線を構築するという作業は、僕自身も取り組んでいるピッチングにも役立ちます。下半身から上半身へ連動させるには、運動線の構築が必要だからです。

旦那芸をやるということも、その道のりは簡単なものもあれば、身体が精妙になっていなければ不可能な旦那芸も多々あります。それが実際に可能かどうかを検証する指標として、旦那芸をやることもあります。

「どや、すごいやろ?」

「俺は強いやろ?」

そんなことはどうでも良くて、クライアントに高いパフォーマンスを発揮してもらうこと、自身の身体で起こっていることを認識してもらい癖を自身で取り除いてもらうこと等、

という目的を達成してもらうためには、武道が最適な手段であるという判断のもとで自身も取り組んでいるのです。

精妙な身体になっていないと不可能な旦那芸ができるようになった時には、達成感もあるので知らずのうちに「どや顔」になっている可能性もありますが笑


posted by 魂はパーソナルトレーナー(山崎真吾) at 06:09| ◆伝えたいこと 【身体・健康】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。